武辺寛則がアチュワ村(ガーナ)でパイナップル栽培をした日本人【JICA 青年海外協力隊】

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アフリカのガーナの小さな村でパイナップルを栽培した武辺寛則(たけべ ひろのり)【意志ある所、道は通じる】

 

 

日本から遠く離れた国「ガーナ」

 

 

このガーナという国で、現地で親しまれている日本人がいることを知っていますか?

 

 

多くの方は野口英世さんを思い浮かべるかもしれませんが、今回お話するのは、野口英世さんのことではありません。

 

 

確かに、野口英世さんは偉大な人です。(お札に印刷されるくらい)

 

 

1927年(昭和2年)に熱病研究のために英領ゴールドコースト(現ガーナ)のアクラを訪れた野口英世さんですが、

 

 

自らが黄熱病にかかってしまい、命を落とすことになりました。

 

 

しかし、黄熱病に対して命をかけた彼のことを、ガーナの人々は忘れることはありませんでした。

 

 

とても有名な話なので、あなたも一度や二度は耳にしたことがあると思いますが、

 

 

今回はガーナの小さな村を救った日本人の青年、武辺寛則(たけべ ひろのり)さんについてお話したいと思います。

 

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アチュワ村を救った日本人青年

 

 

ガーナの首都アクラから西に120km離れたところに、アチュワ村という小さな村があります。

 

 

アチュワ村の人々は、自給自足の生活をしていましたが、生活を良くするためにはどうしても現金収入が必要でした。

 

 

しかし、今まで自給自足の生活を送ってきた村人たちにとっては、現金収入を得たり、ビジネスに関する知識はほとんどありませんでした。

 

 

そこで、村人たちの力になるために武辺寛則さんが立ち上がったのです。

 

 

今から20年以上前、武辺さんは青年海外協力隊員(JICA)としてガーナに渡ったのです。

 

【青年海外協力隊員(JICA)とは!?

 

青年海外協力隊(せいねんかいがいきょうりょくたい、英: Japan Overseas Cooperation Volunteers, JOCV)は、日本国政府が行う政府開発援助 (ODA:Official Development Assistance) の一環として、外務省所管の独立行政法人国際協力機構 (JICA) が実施する海外ボランティア派遣制度である。青年海外協力隊の募集年齢は20~39歳。募集分野には農林水産、人的資源、保険・医療などがあり、さらに120以上もの職種に分かれている。2013年7月末現在までに88ヶ国、計38,300名の隊員が派遣されている。

引用 : Wikipedia

 

 

 

武辺さんはまず、村の人口の調査をすることからはじめ、次に農作物に目をつけました。

 

 

その中でも、元々栽培をしていたパイナップルの栽培に力を入れることを決めました。

 

 

「アチュワ村パイナップル協会」という協会も立ち上げ、会員たちの連帯感や責任感を強めるために、会費も徴収することにしました。

 

 

その集めた会費で、協会の活動の資金にあてたのですが、当初は反対意見も多く、村人たちの信用を得るのも簡単にはいかなかったのです。

 

 

武辺さんは、暑い時期にも畑の見回りに手を抜くこともなく、灼熱の太陽の光を浴び、フラフラになっても熱心に活動を続けたのです。

 

 

その姿を見ていた村人たちは、徐々に武辺さんの熱意に心を動かされていったのです。

 

 

そして、ある日武辺さんは長老たちに呼ばれ、「村のまとめ役であるナナ・シピという役職に就任させたい」と告げられたのです。

 

 

武辺さんは「いつかは村を離れる人間なので、こんな責任ある仕事はとてもできない」と答えた。

 

 

しかし、一週間後に再び、「たとえ日本に帰っても、ナナ・シピになっていればきっとアチュワ村のことも忘れないだろう。それにもう1年以上ガーナにいるのだから、是非とも引き受けてもらおうと話し合いで決まった」と告げられたのです。

 

 

こうして武辺さんは伝統衣装を身にまとい、アチュワ村のナナ・シピに就任したのでした。

 

 

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引用 : http://www.jica.go.jp/volunteer/outline/story/ghana/

 

 

しかし、1989年2月25日、小型トラックを運転中に事故に合い、27年間という短い人生に幕を閉じたのでした。

 

 

武辺さんの死後、村人たちは「タケベガーデン」という記念公園や、慰霊碑も作ったのです。

 

 

このことからも武辺さんは村人たちにとっては特別な存在だったことがわかります。

 

 

アチュワ村では生まれてきた子供たちにも、武辺さんの話をきかせているそうです。

 

 

武辺さんは、隊員時代の自身の日記にこう綴っている。
「手がけてきた活動は、すべて村の人たちやガーナに派遣された他の協力隊員たちの協力を得たものであり、常々感謝の気持ちが絶えることがない。」
そして、武辺さんがガーナに来て学んだ多くの中の一つで、日ごろから教訓としていたセリフがある。

「意志ある所、道は通じる」。

必ず目標を達成するという強い意志があれば、試行錯誤しながらも何らかの 方法が見つかるという意味である。

 

ガーナに賭けた青春―意志あるところ、道は通じる

 

 

以上、どないやねん通信のりょうちゃんでした!

 

ほなまた(‘ω’)ノ

 

武辺さんのことが日本人として誇らしいと思ったらFacebookTwitterで共有してくれると嬉しいです!

3 Comments

川崎の星

武辺さんは尊敬すべき人である。わざわざ貧しいガーナの国に行って、村人の為にパイナップルを作り続ける。わずか2年の間でも、武辺さんは村の為に尽くしたんだなと思いました。

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りょうちゃん

川崎の星さん

コメントありがとうございます。

武辺さんの行動には本当に心をうたれました。

返信する
たろう

武辺氏は、パイナップル栽培の資金援助を求めて大使館を回った際、最初に行った日本大使館に断られたそうですね。このことは忘れられてはなりません。情けないにもほどがありますね。

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