赤毛のアンのあらすじと舞台

世界中で愛された赤毛のアン

 

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小説「赤毛のアン」が初めて出版された1908年。

 

それ以降、世界中で人気を誇っている。

 

ここ日本でも、「赤毛のアン」という言葉を一度は耳にしているはずだ。

 

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赤毛のアンの舞台は?

 

 

世界中の女性から永遠に愛される少女「赤毛のアン」の舞台となったのがカナダのプリンスエドワード島。

 

プリンスエドワード島は作者モンゴメリの故郷でもあり、彼女は子供のころから書いていた日記などをもとに、

 

彼女自身が心から愛していたこの島を題材に、「赤毛のアン」を執筆し始めました。

 

最初はどこの出版社からも拒否されていたらしいですが、ボストンのペイジ社により出版され、世界的なベストセラーとなりました。

 

 

赤毛のアンのあらすじ

 

 

カナダのプリンスエドワード島に住むマシュー・カスバートとマリラ・カスバート兄妹は手伝いとして男の子を孤児院から一人引き取ることにしました。

 

男の子が来る日マシューが駅に迎えにいってみると、赤毛で顔中そばかすだらけの女の子が1人しかいませんでした。

 

仕方なくその子を家に連れて帰ります。  家に着くとマリラがびっくり!!男の子ではなくて、女の子を連れて帰ってきたからです。

 

女の子の名前はアン・シャーリー。

 

想像力豊でおてんばですが、賢い11歳の女の子です。

 

結局、手伝いをするという約束でアンを家に置きます。

 

アンが学校に行くと、ギルバート・ブライスに赤毛を人参といって馬鹿にされました。

 

怒ったアンは小さい黒板でギルバートの頭を殴ってしまいます。

 

それから、何年か経ってクイーン学院にアンは優秀な成績で入学しました。

 

ギルバートも一緒にです。

 

2人は普通2年はかかる一級教員免状を1年でとる難しい過程を選び同じクラスになりました

 

。しばらくして、アンはクイーン学院にもエンブリー奨学金が出ることを聞きました。

 

エンブリー奨学金というのはある大金持ちの実業家の遺産を基にしてかなりの学校に分け与えられているのもでした。

 

ここでは、英語と英文学で一番良い成績をとった人に大学学資として4年の間1年に250ドルずつ送られるものです。

 

試験が終わって合格発表の日、ギルバートはメダルを授与されました。でも、アンはエイブリー奨学金をもらうことができました。

 

次の日マシューが倒れました。そのままマシューは息を引き取りました。マリラは一人になってしまいました。

 

アンはせっかくもらった、奨学金をあきらめ大学に行くのもやめマリラの手伝いをすることに決めました。

 

そして、アンは最後につぶやきました。神は天にあり・世はすべてよし。

 

 

以上、どないやねん通信のりょうちゃんでした!

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